Manager profile · Before 1992 · #14 of 29

高橋英辰たかはし ひでとき

高橋英辰は、1916年福島県生まれ。1992年のプロ契約監督(ハンス・オフト)より前に、 サッカー日本代表を率いた監督のひとり。在任 1957年、1960年–1962年、国際Aマッチ 14試合 3勝2分9敗、勝率 21.4%。

BIO

基本情報

氏名
高橋英辰
よみ
たかはし ひでとき
生年月日
1916-04-11
出身
福島県
国籍
日本
在任期間
1957年、1960年–1962年
就任順
14 / 29(1917〜1991年の一覧での順番。2期を務めたので、最初の就任の位置)

生年月日・出身は日本サッカー殿堂の掲額者紹介(JFA公式)の記載どおりです。

CUP

指揮した主な大会

  • 1962WC予、1962AG

大会の略号 — WC:ワールドカップ / OG:オリンピック / AC:アジアカップ / AG:アジア競技大会 / FEG:極東選手権、「予」は予選。

REC

日本代表監督としての成績

14 試合
勝率 21.4% 平均勝点 0.79
高橋英辰の日本代表監督としての成績(国際Aマッチ)
期間 試合 勝 分 敗 勝率 平均勝点
1957年 0 0 0 0 — —
1960年–1962年 14 3 2 9 21.4% 0.79
通算 14 3 2 9 21.4% 0.79

成績は日本サッカー協会が公認した国際Aマッチのみの集計。試合数0の監督は、指揮した試合がすべてAマッチ以外だったことを意味する。 1992年以降の監督の一覧・勝率ランキングとは集計の前提が違うため、そちらには合算していません。 出典: サッカー日本代表 — 歴代監督の一覧(ウィキペディア日本語版)(典拠: 日本代表 試合別出場記録(日本サッカー協会。元URLは消滅のため Internet Archive 2016-03-03 保存版) / 2026年6月30日時点)。

CAREER

経歴

6 件
  1. 選手

    刈谷中学、早稲田高等学院、早稲田大学を経て、1941年から日立製作所でプレー

  2. 監督

    1955年 早稲田大学監督に就任し、関東大学リーグ2連覇

  3. 日本代表

    1957年の中国遠征で日本代表を率い、1959年 第1回アジアユース大会で3位。1960年に正式に日本代表監督。W杯チリ大会予選・アジア競技大会などを戦い、クラマーコーチと東京五輪へ向けた強化に取り組んだ

  4. 日立

    1969年 日立の監督。1972年度 JSL1部と天皇杯に初優勝、1975年度 天皇杯優勝。1976年退任

  5. JSL

    1979〜86年 JSL総務主事。リーグ事務所を協会から独立させた

  6. —

    2000年没

日本サッカー殿堂の掲額者紹介(JFA公式)の記載を、時期ごとに区切って掲載しています。

TITLE

タイトル・顕彰

3 件
  • 日本サッカー殿堂(2009年 第6回・特別選考)
  • JSL1部 優勝(1972年度・日立 監督)
  • 天皇杯 優勝2回(1972・75年度・日立 監督)

出典に記載のあるものだけを掲載しています。

1991年以前の監督 日本代表の一覧 代表監督

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