Manager profile · Before 1992 · #19 of 29

長沼健ながぬま けん

長沼健は、1930年広島県生まれ。1992年のプロ契約監督(ハンス・オフト)より前に、 サッカー日本代表を率いた監督のひとり。在任 1962年–1969年、1972年–1976年、国際Aマッチ 73試合 34勝13分26敗、勝率 46.6%。

BIO

基本情報

氏名
長沼健
よみ
ながぬま けん
生年月日
1930-09-05
出身
広島県
国籍
日本
在任期間
1962年–1969年、1972年–1976年
就任順
19 / 29(1917〜1991年の一覧での順番。2期を務めたので、最初の就任の位置)

生年月日・出身は日本サッカー殿堂の掲額者紹介(JFA公式)の記載どおりです。

CUP

指揮した主な大会

  • 1964OG、1966AG、1968OG予、1968OG、1970WC予、1974WC予、1974AG、1976AC予、1976OG予

大会の略号 — WC:ワールドカップ / OG:オリンピック / AC:アジアカップ / AG:アジア競技大会 / FEG:極東選手権、「予」は予選。

REC

日本代表監督としての成績

73 試合
勝率 46.6% 平均勝点 1.58
長沼健の日本代表監督としての成績(国際Aマッチ)
期間 試合 勝 分 敗 勝率 平均勝点
1962年–1969年 31 18 7 6 58.1% 1.97
1972年–1976年 42 16 6 20 38.1% 1.29
通算 73 34 13 26 46.6% 1.58

成績は日本サッカー協会が公認した国際Aマッチのみの集計。試合数0の監督は、指揮した試合がすべてAマッチ以外だったことを意味する。 1992年以降の監督の一覧・勝率ランキングとは集計の前提が違うため、そちらには合算していません。 出典: サッカー日本代表 — 歴代監督の一覧(ウィキペディア日本語版)(典拠: 日本代表 試合別出場記録(日本サッカー協会。元URLは消滅のため Internet Archive 2016-03-03 保存版) / 2026年6月30日時点)。

CAREER

経歴

5 件
  1. 選手

    関西学院大学卒業。古河電工の選手として1961年度の第1回年間最優秀選手

  2. 代表

    1954年 第2回アジア競技大会(マニラ)、1956年メルボルン五輪、1958年 第3回アジア競技大会(東京)などに出場

  3. 日本代表

    1962年、32歳で日本代表監督に就任。1964年東京五輪、1968年メキシコシティー五輪に出場し、メキシコでは3位・銅メダル

  4. 協会

    技術委員長、専務理事、副会長を経て1994年 JFA会長(第8代)。1996年に2002年W杯の日韓共同開催が決まり、1998年フランス大会で日本代表がW杯初出場

  5. —

    2008年没

日本サッカー殿堂の掲額者紹介(JFA公式)の記載を、時期ごとに区切って掲載しています。

TITLE

タイトル・顕彰

4 件
  • 日本サッカー殿堂(2005年 第1回・特別選考)
  • 1968年メキシコシティー五輪 銅メダル(監督)
  • 藍綬褒章(1990年)
  • 旭日中綬章(2004年)

出典に記載のあるものだけを掲載しています。

1991年以前の監督 日本代表の一覧 代表監督

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