Manager profile · Before 1992 · #29 of 29
横山謙三よこやま けんぞう
横山謙三は、1943年東京都生まれ。1992年のプロ契約監督(ハンス・オフト)より前に、 サッカー日本代表を率いた監督のひとり。在任 1988年–1992年、国際Aマッチ 24試合 5勝7分12敗、勝率 20.8%。
基本情報
- 氏名
- 横山謙三
- よみ
- よこやま けんぞう
- 生年月日
- 1943-01-21
- 出身
- 東京都
- 国籍
- 日本
- 在任期間
- 1988年–1992年
- 就任順
- 29 / 29(1917〜1991年の一覧での順番)
生年月日・出身は日本サッカー殿堂の掲額者紹介(JFA公式)の記載どおりです。
指揮した主な大会
- 1990AG、1990WC予
大会の略号 — WC:ワールドカップ / OG:オリンピック / AC:アジアカップ / AG:アジア競技大会 / FEG:極東選手権、「予」は予選。
日本代表監督としての成績
24 試合| 期間 | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 勝率 | 平均勝点 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1988年–1992年 | 24 | 5 | 7 | 12 | 20.8% | 0.92 |
成績は日本サッカー協会が公認した国際Aマッチのみの集計。試合数0の監督は、指揮した試合がすべてAマッチ以外だったことを意味する。 1992年以降の監督の一覧・勝率ランキングとは集計の前提が違うため、そちらには合算していません。 出典: サッカー日本代表 — 歴代監督の一覧(ウィキペディア日本語版)(典拠: 日本代表 試合別出場記録(日本サッカー協会。元URLは消滅のため Internet Archive 2016-03-03 保存版) / 2026年6月30日時点)。
経歴
6 件-
選手
埼玉県立川口高校、立教大学を経て三菱重工。1961年(高校3年)にGKへ転向し、同年の第3回アジアユース大会に出場
-
代表
1963年(立教大学在学中)に日本代表初キャップ。1964年東京五輪(ベスト8)と1968年メキシコシティー五輪(銅メダル)で全試合に出場。1975年まで日本代表のGK。Aマッチ49試合
-
JSL
三菱重工で136試合出場(1966〜77年)。1969年度の初優勝を含むJSL1部優勝2回、1971年度天皇杯優勝。年間優秀11人賞7回
-
監督
1976〜83年 三菱(1977年までは選手兼任)。JSL1部・JSLカップ・天皇杯を各2回制し、1978年度に三冠
-
日本代表
1988年に日本代表監督に就任し、1991年キリンカップ初優勝。1991〜92年はU-23日本代表の総監督を兼任。この間JFA理事・強化委員長も務めた
-
その後
1994年 浦和レッズ監督、1995年 同GM。常務取締役・事業本部長、取締役社長補佐を経て、2006年 埼玉県サッカー協会専務理事
日本サッカー殿堂の掲額者紹介(JFA公式)の記載を、時期ごとに区切って掲載しています。
タイトル・顕彰
3 件- 日本サッカー殿堂(2006年 第3回・投票選考)
- 1968年メキシコシティー五輪 銅メダル(選手)
- 1991年キリンカップ 優勝(日本代表監督)
出典に記載のあるものだけを掲載しています。
出典
3 件- www.jfa.jp/about_jfa/hall_of_fame/member/YOKOYAMA_Kenzo.html
- ja.wikipedia.org/wiki/サッカー日本代表#歴代監督の一覧
- web.archive.org/web/20160303165323/http://www.jfa.or.jp/archive/daihyo/daihyo/data/AGame.pdf
最終確認日: 2026-10-02(リンク先の内容は確認日以降に変わっている場合があります)
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