Manager profile · Before 1992 · #7 of 29
鈴木重義すずき しげよし
鈴木重義は、1902年福島県生まれ。1992年のプロ契約監督(ハンス・オフト)より前に、 サッカー日本代表を率いた監督のひとり。在任 1930年、1936年、国際Aマッチ 4試合 2勝1分1敗、勝率 50.0%。
基本情報
- 氏名
- 鈴木重義
- よみ
- すずき しげよし
- 生年月日
- 1902-10-13
- 出身
- 福島県
- 国籍
- 日本
- 在任期間
- 1930年、1936年
- 就任順
- 7 / 29(1917〜1991年の一覧での順番。2期を務めたので、最初の就任の位置)
生年月日・出身は日本サッカー殿堂の掲額者紹介(JFA公式)の記載どおりです。
指揮した主な大会
- 1930FEG、1936OG
大会の略号 — WC:ワールドカップ / OG:オリンピック / AC:アジアカップ / AG:アジア競技大会 / FEG:極東選手権、「予」は予選。
日本代表監督としての成績
4 試合| 期間 | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 勝率 | 平均勝点 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1930年 | 2 | 1 | 1 | 0 | 50.0% | 2.00 |
| 1936年 | 2 | 1 | 0 | 1 | 50.0% | 1.50 |
| 通算 | 4 | 2 | 1 | 1 | 50.0% | 1.75 |
成績は日本サッカー協会が公認した国際Aマッチのみの集計。試合数0の監督は、指揮した試合がすべてAマッチ以外だったことを意味する。 1992年以降の監督の一覧・勝率ランキングとは集計の前提が違うため、そちらには合算していません。 出典: サッカー日本代表 — 歴代監督の一覧(ウィキペディア日本語版)(典拠: 日本代表 試合別出場記録(日本サッカー協会。元URLは消滅のため Internet Archive 2016-03-03 保存版) / 2026年6月30日時点)。
経歴
6 件-
選手
早稲田高等学院・早稲田大学でア式蹴球部を立ち上げた「早稲田サッカーの始祖」。早高でチョー・ディンの指導を受け、旧制インターハイで優勝。1925年 東京カレッジリーグ(現 関東大学リーグ)初代王者
-
代表
1927年 第8回極東選手権大会(上海)で主将。フィリピン戦で国際公式試合の初勝利
-
日本代表
監督として1930年 第9回極東選手権大会(神宮)で中国と引き分け同位優勝。1936年ベルリン五輪ではスウェーデンに逆転勝ち
-
著作
1928年 野津謙との共著『ア式蹴球』
-
協会
1929年 JFA常務理事、1931年 主事。大日本体育協会理事・専務理事
-
—
1971年没
日本サッカー殿堂の掲額者紹介(JFA公式)の記載を、時期ごとに区切って掲載しています。
タイトル・顕彰
2 件- 日本サッカー殿堂(2007年 第4回・特別選考)
- 1930年 極東選手権大会 優勝(同位。監督)
出典に記載のあるものだけを掲載しています。
出典
3 件- www.jfa.jp/about_jfa/hall_of_fame/member/SUZUKI_Shigeyoshi.html
- ja.wikipedia.org/wiki/サッカー日本代表#歴代監督の一覧
- web.archive.org/web/20160303165323/http://www.jfa.or.jp/archive/daihyo/daihyo/data/AGame.pdf
最終確認日: 2026-10-09(リンク先の内容は確認日以降に変わっている場合があります)
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